It's my life! 石垣島

石垣島でのルアー&夕陽

カテゴリ : 想い

今日は結婚10周年!
琉球宮廷料理の店
八重山膳符 こっかーらへ行ってきました。
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まずは
ゴーヤのしりしり
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パッションの甘酸っぱさとゴーヤの苦みが蒸し暑さを忘れさせてくれます。
それと豆腐餻
久々に食べました。
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豆腐餻とくれば泡盛!
こっかーら独自ブレンドのクース(古酒)
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45度以上もありながら熟成された優しい口当たりと
香ばしいかおりがたまりません^^
お次は島野菜のお漬物に
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タームン(田芋)の唐揚げ
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カラッと揚がって甘かった。
まだまだ出てきます。
スーチカーと紋甲烏賊に
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マグロのハラゴの刺身を酢味噌で
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食べなれた魚も独特の酢味噌で全く違った感じがします。
美味かった^^
続いて
三枚肉の味噌煮
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八重山のラフテーは味噌味
そして郷土料理だがなかなか口にすることない
ドゥルワカシ
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きめが細やかなジーマミ豆腐
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島野菜の煮物
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しめは菜飯
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初めて食べたが椎茸の出汁が利いて美味い!
デザートはパパイヤのゼリー
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沖縄料理の見方が変わる料理でした^^

広島で女友達の友達の妹の友達だった嫁と知り合って
絵下山でプロポーズ
そのときの条件は今はサラリーマンで安定?した職業だが
近い将来会社を辞めて沖縄に行くがそれでも良いか?の問いに
即答で答えてくれた。
嫁の両親にも同じ了承を頂いた。

付き合い始めたころ
母親の脳に髄膜腫というソフトボール大の腫瘍が見つかり
その摘出手術は大阪の病院で朝8時から翌午前2時までの大手術。

手術の終了の合図は看護婦さんの「すぐに来てください!」
そこで見た光景・・・

術台の上で目を覚ました母親が
半狂乱になって暴れる姿・・・

術後のショックからか、すっかり別人のようになり
現実と夢の区別もつかない状態・・・
24時間、家族の誰かが見ていないと
訳のわからないことを叫び、徘徊した。

疲労・・・
疲労・・・
疲労・・・
精神的に疲労・・・

そんな看病の中
親父がダウン・・・
次いで妹もダウン・・・

最後は弟と二人で見守り続けた。


深夜、うわ言を唱え続ける母親・・・
その病室の窓からみえる大阪の美しい夜景とのギャップに
看病疲れで無理心中する人たちの気持ちがわかったような気がした・・・

真夜中に彼女にメール送った・・・

疲れた・・・
ダメかも・・・

翌朝病室のソファーの中で仮眠をとっていると
彼女からのメール

今、新大阪。
どう行けばいい?

ビックリして迎えに行く
新大阪で見る彼女の笑顔
疲れが吹っ飛んだ!

その足で彼女を母親に紹介・・・

思い返せば正式に母親に彼女を紹介するのは初めてだ。

病室に入り、彼女を紹介すると
母親の表情が変わった。
何かが変わった!

うわ言は一切出てこない
まだ麻痺が残る表情で
精一杯の笑顔を見せる母親。

その瞬間から、うわ言は消えていった・・・
みるみる快方へ向かった。
今では術前よりピンピンしてる。

コイツしか居ないと思った瞬間だった。

こんな夢ばっか追ってる俺に付いて来てくれた嫁さん。
感謝しても感謝しきれない10年目です。

ミーファイユー(三拝伝)



初夏から真冬に戻った石垣島です。
久々に暖房入れました。

さて今日は不定期ネタの釣り道具編。

昭和50〜60年代、
バスというかルアーに関する教科書的なものは
ルアー釣り大百科的な子供向けのものが数種あったが
専門的なものはほぼ皆無だった。
あったとしても田舎の本屋にあるわけもない・・・。

そんなある正月、松山の祖母の家に行ったときの事
徳島から来ていた叔父が
三越で何か買ってやろうと誘ってくれた。

「三越に釣り道具は無いよ」と内心思ったが
その場にいた従妹に妹や弟も連れだって
松山の中心街まで歩いて行った。
他の子供たちはそれぞれがオモチャなど
好きなモノを買ってもらったが
案の定、釣り以外、何の興味もない少年には
三越に欲しいものがあるわけでもなく
一人決めかねていた。

そんな様子を察してくれた優しい叔父は
三越以外でもなんでもいいから欲しいものをいいないと言ってくれたが
まさか、1万円以上する竿やリールをおねだりする訳にもいかず
それなら釣りの本でもと思い大街道の小さな本屋へ入った。
店の奥、数冊の釣りの本のコーナーがあり
そこに1冊だけ、ルアー関連、しかもバスの本があった。

意味の分からない横文字が並ぶ、白黒ページの前
最初の数ページのカラー、そこにちりばめられた
夢のような写真にすっかり心奪われた少年はその本を即買ってもらった。

そぉ、これが当時多くのバス釣り少年のバイブルとなった
則 弘祐・山田  周治 著
「ブラックバス釣りの楽しみ方」
副題 「サーフェスプラッガーのためのテクニカルスタディ」だ。
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今思えば、トップオンリーという偏りまくった教科書だったが
情報に飢えていた昭和の少年は、
毎日・毎日、ページがちぎれるまで読み込み。
「倒木の下には知恵者が沈む」などと
その一時一句を釣り場で友達と復唱したものだった。
この一冊の本がその後の釣りのスタイルを大きく変えた。

そして、勉強そっちのけで釣りばかりしていた少年はその後
購読していた1冊¥240の釣り雑誌TACKLEBOXで
たまたま見かけた
「釣りの名門、東海大学」とう記事に心惹かれ
東海大学海洋学部を受験
たまたま高校3年、3学期の期末試験で間違えて
たまたま答え合わせをしたのと同じ問題が入試にでて
たまたま合格。
そして、「一生に一度の島流しじゃー」と
たまたま卒研で選んだ西表島でのサンゴの研究
それがきっかけでダイビングにのめりこみ
いろんな弊害もあったが、現在それで飯を食っている。

人生はたまたまでも選んだ道を本気で思った時、その通りになる!
・・って、だいぶ話がそれたな^^;


今日から11月。
島に来て6年目に突入です!
気温30度
夏が戻って来たような島は
6周年を祝ってくれるかのように
巨大な虹が空を渡り1日が始まりました。
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遅れている民宿計画着手のため
昨年末に潜水士として独立。
少し不安もありましたが
おかげさまでたくさんの方から声をかけていただき
6年目の島生活も順調な滑り出しです。
今日も1日海で汗をかき
夕方、激しいスコールが去ったあと、
夕涼みに我が家の前の海にでると
目の前には戻ってきた夏の夕陽。
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広島からたくさんのお金と時間を使って見に来ていた
大好きな海が空が今はすぐそばにある。
そんな生活に幸せを感じつつ
この5年間色々なことがあったけど
いろんな方々のおかげで
島での理想的な生活基盤を築けつつある事に
感謝の気持ちを込めて
三拝云(ミーファイユー)

この夏
島に来た台風は現時点で1個
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おかげで島は水不足ぎみです。
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内地では台風の大雨で大きな被害が出ているようですが
特に先日大被害のあった
南紀の熊野川・十津川水系には
内地にいる頃、調査で何度も訪れており
ニュースで見る風景は
あの美しい清流の風景とは
全く別のものでした。
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震災も含め被災された地域が少しでも早く元の姿に戻るよう
遠い南の島から、ただ祈るだけです。

ハイサイ!

本島から帰ってきました。

今日の石垣は最低気温17度

最高は19度くらいかな?

400キロ以上北にある名護と比べると

やはり、島は暖かいです。

本島滞在中は前半こそ寒波で寒い日が続きましたが

後半は穏やかな天候が続き凍えずにすみました^^;

その中でも2日あった休日が最も天気がよく

1日目は途中で携帯で投稿もした

名護湾のビーチでのんびり過ごした。



でも・・・、なんだか寂しい・・・。

この一見整備され綺麗なビーチ。

現在も工事中の人口ビーチです。

反対側に振り向くと

砂が入れられる前の景色が広がります。



名護湾には元々長い長い自然のビーチが広がっていたそうですが

国道整備の為にそのほとんどを埋め立ててしまったそうです。

莫大な金をかけて美しい自然のビーチを破壊した後で

さらに莫大な金をかけて全国どこにでもありそうなビーチを造る。

そこにはアダンやモンパなどの海岸自然林も、



砂の流出を防ぐグンバイヒルガオの群生も無く



砂浜を忙しく走り回るカニたちも居ない



石と砂とコンクリートで出来た無機質な風景が広がるだけ・・・。



沖縄本島に来てあちこち仕事で潜ってみると

自然のままの海岸線は、ほぼ皆無であることに気づきます。

美しい島の景色。



いつまでも残ってくれることを祈るばかりです。

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